ポルシェがわが家にやってきた

ポルシェパナメーラファンです。現在夫が購入したパナメーラターボに乗っていますが、将来自分のお金でパナメーラを購入することを目指し日々記事をつづっています。

ポルシェを紹介したBSフジの『進化と挑戦、スポーツカーの道標』を見て。

昨日、BSフジで

こんな番組がやっていた。

 

「進化と挑戦、スポーツカーの道標」

www.bsfuji.tv

ポルシェ。正式な社名はフェルディナンド・ポルシェ名誉工学博士株式会社。
つまりポルシェはエンジニアリング企業なのである。そのポルシェが創るのは、単なる自動車ではなく、心を高ぶらせるスポーツカーだ。60年以上に渡りスポーツカーを創り続けてきたポルシェはどこから来て、どこへ行くのか。
それを知るため、エッセイスト・松浦弥太郎は旅に出た。

『進化と挑戦、スポーツカーの道標』|BSフジより抜粋

 

なかなかいい番組だった。

 

番組の中で、

「フェルディナンド・ポルシェが120年前に一番最初に作ったのが電気自動車で、

現在のプラグインハイブリッドと構造がほぼ一緒だ」と知った。

 

つくづく、すごいなー。

 

ポルシェは常に、

20年後、30年後の未来に通用する車を作ることを見据えて、

車を作っているらしい。

 

もちろん、ライバルの存在を意識しないわけではないだろうが、

「他社メーカーがこうしたからこうしよう」という追従ではなく、

「ポルシェはかくあるべき」という信念にのっとって、

車を作っているというのが、かっこいいな。

 

番組で、

エッセイストの松浦さんが移動するのに使っていたのが、

白の新型パナメーラ4Eハイブリットだった。

 

めちゃくちゃかっこよかったので、

パナメーラファンとしては、

もうそれだけでこの番組を見る価値があったようなものだ。

 

番組の最後に、

オーストリアの山あいのGmündという小さな街にある、

ポルシェ博物館が紹介されていた。

Porsche Automuseum Helmut Pfeifhofer

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*画像はPorsche Automuseum Helmut Pfeifhoferサイトから引用

 

あまり知られていないが、

ポルシェは1944年〜1950年の間、

第二次世界大戦から工場を疎開する目的で、

オーストリアのGmündに工場をつくり、車を生産していたらしい。

 

80歳を超える館長は、

ポルシェがGmündで車を生産していた当時のことを知っていて、

大のポルシェファンとのことだった。

(博物館作るとか、並のファンじゃない。そしてお金持ちなんだろうなぁ)

 

その館長が言っていた。

「初めて10代の頃に中古のポルシェを買って乗った時、

言葉ではとても表現できない感激があった。

まるで車と一体になったようだったんだと。」

と。

 

今から70年ほど前のポルシェも、

運転手と車が一体になり走る喜びを実現していて、

今もそれはかわらないし、進化している。

 

本当にすごい。

 

番組の中に出てきたポルシェファンは、

世界で何十台しかないポルシェを持っていたり、

空冷エンジン時代のものを持っていたりする、

生粋のファンで、

 

なんだか私みたいなものが、

ポルシェファンを公言するのはおこがましいと反省した。

 

もっともっとポルシェのことを勉強したい。

 

あーシュトゥットガルトのポルシェ・ミュージアムに、

もう一回行きたいなー。

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