途中で運転を代わってもらい、恐る恐る運転する。運転席に座り、一番印象に残っているのはハンドルだ。今の時代では考えられないくらい細く、大きい。とても細いので力が入りにくく、低速だと少し操作はし難い場面もあるが、慣れてしまえば問題ない。
パーキングブレーキはハンドルの左下部分にあり、コラムシフトを操作するような動作で解除する。かなり軽めなクラッチを踏み、ゆっくり繋いでみると、意外と簡単に発進してくれるので少し拍子抜けしてしまったほどだ。
オーナーさんも「普通のクルマとほぼ同じ感覚で大丈夫ですよ」と言っておられたが、本当にその通りだった。
マニュアルのギアボックスは4速で、シフト自体は柔らかい感覚で各ギアに入っていく。かなりワイドなギア比構成で、かつ、パワーバンドがかなり高めなエンジンなので、2速で少し回しすぎかなと思って3速に入れると、回転が少し低すぎる。
芦有のワインディングような道を楽しむなら、3速を使う必要は無い。2速が丁度いいようだ。
ストレートでやっと3速に入れ、巡航すると、本当にリズミカルな鼓動とかつ車内の雰囲気がマッチしていて、思わず笑顔になる。カーブの前でブレーキを踏み、2速に落とす。ブレーキは正直、少し頼りない。911と比べると、ここが一番の違いかもしれない。
ステアリングを切り、荷重が外側にかかりロールした姿勢に不安定さが一切ない。しっかりと路面を掴んでカーブを曲がっている感じがひしひしと伝わる。これぞポルシェだ。こんなに古いクルマでも、『ポルシェ味』はしっかりとするのだ。
この感覚は現代のクルマでもなかなか味わえない。なんとも言えないタイヤの接地感の高さからくる安心感。コーナリング中、スピードに呼応するようにステアリングの手応えがグッと増し、路面の状況、タイヤの状況がドライバーにしっかりと伝わってくる。
この特徴は現代のポルシェと全く同じ。
こんな半世紀以上も昔から、こんな素晴らしいセッテイングが出来ていたのかと思うと、ポルシェっていうメーカーは本当に恐ろしい。おそらく、当時の国産車などは足元にも及ばなかったに違いない。ポルシェの秘伝のタレはもうこの頃から醸成されていたのだ。
ポルシェっぽい乗り味はこの356でもしっかりと味わうことができたが、では911と同じような感じかと聞かれると、それは少し違う。
それはちょうど、現代の911とボクスター・ケイマンの乗り味が違うように、356と911は明確に違う。一言でいうと356の方が、普通の自動車っぽいという表現が正しいだろうか。もう少し補足すると「普通の自動車」というと面白みのないファミリーカーのようなイメージを持たれるかもしれないが、そういう意味ではない。あくまでも911と比べた時の話だ。
同じリアエンジンのクルマでありながら、911はもっと明確にリアに回転軸があり、立ち上がりのトラクションも強く、荷重のかけ方一つでどうにでも運転できる柔軟性と懐の深さがある。
それに比べると、356はそこまでのリアエンジンっぽさは薄く、あまり運転技術の差は出にくいように思う。もう少し敷居の低いスポーツカーと言ったら良いだろうか。
現代の911とボクスター・ケイマンのような関係とまで言うと言い過ぎだが、それに近い差はあるように思う。ボクスター・ケイマンのミッドシップレイアウトは、リアエンジンほど荷重を意識しなくても誰もがそれなりに早く走れる。そういう意味での違いに近いと思うのだ。
今回、356を初めて運転してみて、当時のポルシェのエンジニアリングの凄さをあらためて思い知った。今までも何度か古いポルシェは経験したが、乗れば乗るほど、さらに昔のポルシェはどうだったのか?という興味が湧いてくる。これが空冷ポルシェ沼なのだろう。
その沼に入ると出られなくなると言われるが、今回、あらためてその沼の深さを思い知らされた経験であった。
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