ポルシェの魅力

なぜ中古のポルシェ911(991前期)を購入したのか?

読者の方の中には、なぜ最新の992も所有し、また先日までGT3ツーリングパッケージまで持っていたのに、なぜわざわざ旧式の991型の前期型を中古で買ったのだろう?と疑問を持たれている方もいらっしゃるかもしれない。

今回は、どうして性能的には992やGT3より低い991型にしたのか?そして前期型を選んだのか?ということについて話してみたいと思う。

なぜ性能的に劣る旧型をわざわざ買うのか?

以前は私も同じように考えていた。『最新のポルシェが最良のポルシェ』であり、わざわざ低性能で故障リスクも高い旧型を買う意味が分からなかった。

しかし、毎週のようにいろんなポルシェを体験し、自分でも964型の空冷ポルシェを所有する一方、超高性能なGT3やパナメーラターボまで所有した中で、クルマに対する知見や視野が広がったというところが大きい。

所有していたGT3ツーリングパッケージ

またポルシェの場合は今でもクラシックパーツを提供してくれていることもあり、型落ちという概念は他のメーカーよりも薄い。なので、単に時代毎の型式があり、その型式毎に個性があるクルマだという認識だ。

その証拠に、最新ポルシェを余裕で買えるほどの経済力の人でも、わざわざ中古のポルシェを買うし、何ならもっと古いクラシックな空冷ポルシェを新車よりも高い値段で買う。

そして、その需要があるので、中古車相場は総じて高い。

あと、これは個人的な好みではあるが、高性能=楽しいとは必ずしも一致しない。『高価なポルシェが”最幸”のポルシェとは限らない』というのが最近、強く感じることなのだ。

空冷ポルシェ 964型 カレラ2

もちろん、超高性能の楽しさも分かるし、それを否定するつもりはサラサラ無い。現に992やGT3の鬼のようなスタビリティやパワー、ハンドリングは今も感動する。

一方で、空冷ポルシェのスムーズな回転フィール、操作感や振動、エンジン音にも感動するし、水冷のレギュラーポルシェのエンジンと速度、音のバランスの良さにも感動する。

私にとって『いいクルマ』、『速いクルマ』、『楽しいクルマ』というのは必ずしもイコールではない。私にとってはそれらのバランスが大事で、自分が『乗っていて幸せに感じ、いくらでも運転したくなるクルマ』というのが、私は好きだ。

そう考えた時、以前試乗した991前期のカレラSカブリオレや、カレラ、カレラSの体験は強く心に残っていた。

991の前期型(991.1)の魅力とは?

私が一言で991.1を表現するなら『エモーショナルな911』と表現したい。

速さは991の後期型(991.2)や992に負けるし、昔ながらのRRの特性や乗り味は997以前に負ける。そう言うと、良いところがないじゃないか、と思われるかもしれないが、991.1の魅力はそこではない。

991.1の魅力は、人間の五感に訴えかける情報量のバランスの良さにある。何かの性能が飛び抜けて良いのではなく、各性能のレベルが整っているのだ。

991前期のカレラSカブリオレ

エンジン特性の違い

911.1は自然吸気(NA)エンジンある。ターボを積んだ後期以降の911よりトルクは薄いし、何よりも発生回転域が違う。実際に前期、後期のカレラ同士のトルクカーブを見てみると、一目瞭然。

前期(NA)のトルクは390N・m/5600rpm、後期(ターボ)は450N・m/1700~5000rpm

後期型は台形型のトルクカーブである一方、前期型がゆるやかな右肩上がりのカーブを描いている。自転車に例えると、後期型はスタートからいきなり立ち漕ぎをし、前期型は徐々にペダルの回転数を上げていくという漕ぎ方だ。

なので、後期型の方が発進からのパワフルさは格段にある。わずか1700rpmで前期型の最大トルクを優に超えるので、そんなに回転を上げなくても十分に俊敏に加速する。一方で、前期型は低いギアでエンジンを回し、回転を上げていくことで徐々にスピードを乗せていく感覚だ。

これだけ見ると、後期型のエンジンの方が良くて、メリットしかないじゃないかと思われるだろう。確かにそうなのだ。走行性能の上ではメリットしかない。低回転域を多用する街中でも俊敏に動けるし、高速の合流も速い。ワインディングではコーナーの出口からの瞬発力も十分にある。

一方で、前期型はというと、NAエンジンなので回転の上昇とともにトルクが出るので、瞬発力はそれほど無く、トルクを出すためには中~高回転域に回転計の針を留めておく必要がある。なので、高速の合流も低いギアでアクセルを踏み込み回転を上げないと、後期型のような加速感は得られない。

また後期型はシャシーもさらに熟成もされており、少しドライな乗り心地ではあるがリアの安定感、接地感は前期型より確実に進化している。

ここまで書くと、低性能な前期型の何がいいのだ?と思われるだろう。

必ずしも、『高性能=楽しさ』とは言い切れない

しかし、991.1には性能では表せられない魅力があるのだ。ここからは私個人が感じることなので、客観的な話ではないことを最初に断っておく。

たとえば、ワインディングでのシーン。段々と伸びていくスピード、それに呼応するようにタコメーターの針は上がり、エンジン音は徐々に音量を上げていく。

後期型ほど締め上げられていないボディと、足回りは適度な『しなり』を残しながら、コーナーに入っていく。ここでも、徐々に荷重がかかり、タイヤの接地感や路面の状況がステアリングから感じ取れる。

991.1にはスピードもコーナリングも適度な緩さがある。言い換えればドライではない、ウエットでアナログな運転フィーリングとでも言おうか。しかし、その各々の緩さのバランスが丁度合っている。

スピードの加速感の緩さとコーナリングの緩さがピッタリと合い、それに加えて、音の演出も加わる。排気音、吸気音の音域は高くなり、スピード感とシンクロし始める。

スピード、音、トルクの盛り上がりのすべてがシンクロし、調律が合うから、911が私の感情を揺さぶり始める。そして「楽しい」と感じ、いくらでも運転したくなるのだ。

991.1の運転フィーリングは映画やドラマで言うと、シーンの盛り上がりと音楽の演出がピッタリと合っている感じと表現したい。

それは唐突にシーンが展開するホラー映画や、ハラハラ・ドキドキのアクションシーンではなく、徐々に物語がクライマックスを迎えるような演出だ。その映画は感情に訴えかけてくれるので、面白く、長時間でも飽きず、疲れず、延々と見ようとしてしまうのだ。

このことを今までの試乗体験を通じて感じていたので、冒頭で申した通り私は991.1のことを『エモーショナルな911』と呼び、前々から気になっていたのだ。

それならもっと古い911でも良いのでは?

ちなみに、「それを言うなら、もっと昔の911、空冷をはじめ、997や996も調律は合ってるぞ、バランスがいいぞ」という声も頂くだろう。それも百も承知で、所有する964も同じような魅力があるし、以前乗った996なんかも素晴らしい魅力の詰まった911だと思った。

では、なぜ、それらを差し置いて991.1なのか?

それは、逆にそれらの911より高性能であること、そして、NAエンジン搭載で現代的なクルマとして乗れる最後のカレラであることが私にとっての魅力なのだ。

前述の通り、991後期や最新の992には性能的に負けるが、PDKはとても洗練されてきおり、エンジンパワーも信頼性も上がってきている。そして、シャシー性能もホイールベースが延長され、991からは現代的な乗り味に大きく変わった。

その高性能さが、私にとって丁度よく、超高性能になりターボ化された991.2未満、997以上という絶妙な立ち位置が好きなのだ。また、昨今の厳しい燃費規制や騒音規制に対応するための様々な制御や装置が本格的に適応される前の、ギリギリ最後のモデルというのも魅力に映ったポイントでもある。

これは燃費や環境規制には不利な大排気量の自然吸気エンジンであることをはじめ、PDKが7速であること、そして、クルージング時のシフト制御などを見ていてもよく分かる。たとえば最新の992では燃費を稼ぐためPDKは多段化し8速になっており、制御も今どきの仕様で、少し加速しようとするとすぐにギアを細かく落とすが、991は比較的、ギア固定のまま回転上昇でスピードを乗せようとするので、伸びやかな加速感を得られやすい。(乗り方の学習度合いにもよるが)

こういう、細かい部分の旧式さと、現代の高性能さの狭間がこの型式の魅力的なところであり、私が991.1を選んだポイントである。

とはいえ、これはあくまで私が991.1に対して感じる個人の感想であり、人それぞれによって感じ方は変わるし、そもそも好みも違うだろう。

だから、無理にオススメするつもりはない。

ただ、もし991.1に興味がある人がいらっしゃるならば、この記事がその一助となれば幸いである。
まだまだ、991.1の魅力は文章では伝えきれない部分もあるので、またTwitterのスペースにおいても折を見て話したいと思う。

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