限界を感じたところからが、本当の勝負が始まる。

No car, No life
ストイックな姿勢が実は好きだ。

「もう限界だと思ったところから、本当の勝負が始まる。」と、お世話になっている先輩が以前おっしゃっていた。

27歳の頃。もう限界だ、と思った出来事があった。万策尽きたと。今から思えば、自ら行き止まりに突進し、勝手に八方塞がりな状況を作っていたのだが…。

そこからもうすぐ8年が経つ。この8年の間に何度も、『もう限界だ』と感じる出来事があった。でもその度、なんとか乗り切ろう、なんとか策を打とうと、あれこれしているうちに、自分が思う限界天井は、ずいぶんと高くなった。

知恵や情報の大切さ。

過去に、自分が限界を感じた時というのを振り返ってみて今思うのは、それら全ては「乗り越える壁が高かった」わけではなかったということだ。それよりも、「乗り越える方法を知らなかった」ということが多かった。その結果になるまでに、サインや予兆はあったのにそれに気づかなかったり、回り道すれば良いものを、一生懸命よじのぼって乗り越えようと意地になっていたり、相談する人をあやまってしまったり、自分ひとりの力で解決しようとしてしまったり…。

自分に知恵と情報が無かったことで、それらが限界とうつったことが多かった。そのことから、『知恵や情報がどれだけ大切か』を身に染みて感じるようになった。

知恵は自分の経験からしか身につかないから、いくら知識を知っていたところで、実際に行動してみないと意味がない。また、世の中に溢れる情報から、自分に必要な情報を手にするには、自分の先を歩いていて、情報感度が高く、自分の知りたい情報を常に持っている人と付き合うことが、大切だと思う。

それは先輩後輩関わらず。ということは必然的に、そういう人たちからみて、『こいつとは付き合いたい』『会いたいと言われたら時間を作ってでも会いたい』と思われる自分にならなくてはいけない。無理に合わせてもらうのではなく、自然と引き合い、ご縁がある状態を作るということ。

そのためには、自分自身が現状に満足することなく、常に上を目指し、純粋な気持ちでチャレンジし続ける姿勢が大切なんだろうな。パナメーラを自分のお金で買うという目標以外にも、色々と夢や目標があるが、行き方さえわかれば、限界なんて無い。

これからも、目標に向かって、一歩一歩着実に進んでいけるようにしたい。

(もはや車の話ではなくなった爆)

 

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