【試乗レビュー】987ボクスタースパイダー、「ポルシェを着る」を体現する最軽量ロードスター
公開日:2026.05.28
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ある日、987ボクスタースパイダーに乗った
長らく気になっていたクルマがある。
ポルシェ987ボクスタースパイダーだ。SNSを遡ると、2023年の秋には「一度は乗ってみたい」とつぶやいていた。それから二年、ようやく試乗の機会が巡ってきた。

その日のルートは、六甲展望台から有馬温泉方面への往復だった。普段なら一周して「だいたい分かりました」と返すところを、今回は降りる気になれず、もう一周お代わりさせてもらった。試乗で同じルートを二周走ったのは非常に珍しい。それくらい、乗っているあいだ笑いが止まらなかった。このクルマは、世間で言われている評価が決して大袈裟ではなかったのである。
15年経っても色褪せない、最軽量ポルシェのスペック
987ボクスタースパイダーは、2009年11月のロサンゼルスオートショーで発表されたモデルだ。
翌2010年2月から欧州で販売が始まり、日本へは2010年秋に導入された。987型ボクスター(2004〜2012年)の最終期を飾る最高性能バリエーションでありながら、性格は単なるホットモデルではない。軽量化と純粋なドライビングフィールに振り切ったロードスター、それがこのクルマの素性である。

車両重量は1275kg(6速MT・DIN値)。ボクスターSより約80kg軽く、当時の市販ポルシェ最軽量だった。エンジンは3.4L NAフラット6のMA1型で、997.2カレラと同じ系譜にあたる。最高出力320ps、最大トルク370Nm。0-100km/hは5.1秒、最高速度267km/h。数字だけ見れば破格に速いわけではないが、パワーウェイトレシオは約4kg/psで、いまの基準でも十分過ぎる。
軽量化の中身も面白い。アルミ製ドアで約15kg、カーボンバケットシートで約12kg、ポルシェ製19インチ最軽量ホイール、そして電動ソフトトップを廃した手動キャンバストップ+カーボンフレーム構造。エアコン、PCM、ドアハンドル、カップホルダーまでもがオプション扱いだった。リアデッキを覆う2本のダブルハンプと20mmローダウンのシャシー、足回りはワルター・ロール監修と言われていて、実際に彼はこの車を購入したそうだ。15年経っていまだに語り継がれるのには、それだけの理由が詰まっている。
数値以上に軽い、そして「腰のある」足回り
動き出してすぐに分かったのは、軽さの質だった。
1275kgという数字を頭で知っていても、実際に乗るとそれより軽く感じる。ハンドルを切った瞬間のフロントの入り、アクセルを抜いたときの荷重移動、ブレーキを踏んだときのノーズの沈み込み。すべての反応が一拍早く、そして一段ダイレクトに返ってくる。

足は固めだ。20mmローダウンされ、専用のスポーツサスペンションが入っているのだから当然である。しかしこれが単に「硬いだけの足」ではない。路面からの入力を一度受け止めてから、整理して伝えてくる。讃岐うどんのコシ、と言いたくなるような芯のあるサスペンションなのだ。
私のクルマで比較対象になるのは、当然ながら718スパイダーRSである。あれもしっとりと固められた素晴らしい足だが、987スパイダーの足はもう少し柔らかい。柔らかいのに、芯はしっかりある。日常の段差や継ぎ目を不快に伝えてこない一方で、コーナーでは姿勢がフラットなまま回り込んでいく。15年前のクルマでこのバランスを成立させているのは、率直に言って驚きである。
低速域で笑える、稀有なポルシェ
このクルマの本当の凄みは、低速域での楽しさだと感じた。
普通、スポーツカーというのは、ある程度速度を乗せて、回転を上げて、初めて笑顔になれるものだろう。987スパイダーは違う。30km/h、40km/h、50km/hといった街中ペースで普通に走っているだけで、ハンドル操作にクルマがピタリと反応してくる。
普段乗っている981ボクスターGTSで60〜80km/h域でようやく味わえる手応えを、987スパイダーは30〜50km/hですでに感じさせてくれる。これは公道で乗るクルマとして、ものすごく大きな意味を持つ。日本の道で、合法的な速度の範囲で、ずっと楽しい。サーキットでしか本領発揮しないクルマではないということだ。

もうひとつ印象的だったのが、運転席の位置感覚である。実測では981や718と大差ないはずなのに、987スパイダーに座ると、もっとクルマの前寄りに座っているように感じる。フロントタイヤのすぐ後ろに自分がいる、そんな感覚だ。バケットシートの低さと20mmローダウンの効果が組み合わさって、ステアリングを切ったときにフロントタイヤと直接対話しているような一体感が生まれている。
音もまた絶妙だった。試乗車にはスポーツエキゾーストが装着されていたが、これが爆音ではない。音量を一段上げたくらいの控えめさで、しかし生々しさは十分。3速で流しているだけで、ずっとちょうどいいBGMがかかっているような心地よさである。2速はやや低めで街中で楽しく、3速はロング気味。981GTSのギア比はやや間延びを感じることがあるが、こちらは私の好みにぴったり合っていた。
「ポルシェを着る」を体現する一台
981スパイダーも素晴らしいクルマだ。私はあのモデルが大好きで、3.8L NAエンジンの音圧、しっとり固められた足、オープンの開放感、どれも一級品だと思っている。
ところが987スパイダーに乗ってから981を思い返すと、981は「自分の体に少しサイズの大きいジャケット」を着ているような感覚だったと気づく。不格好ではない、むしろ素敵なジャケットなのだが、肩や袖にほんのわずかな余裕がある。
対して987スパイダーは、まるでオーダーメイドで仕立てたジャケットのように身体にフィットする。「ポルシェを着る」という日本語の表現が、水冷世代でこれほどしっくりくるモデルは、私が知る限り他にないのではないだろうか。

性格的には996GT3にも近い。フロントの入りが鋭く、レスポンスが直接的で、シャシーがしっかりしているという意味では共通している。ただ987スパイダーはずっと扱いやすい。GT3ほど神経質ではなく、もう少し懐が深く、何より乗り心地が良い。普段使いの中で、運動神経の良さだけを取り出して味わえる、そんな立ち位置のクルマだと感じた。
初代986ボクスターSにも以前試乗したことがある。あれはしなやかで柔らかい、ジェントルマンなロードスターだった。987スパイダーは、その986のジェントルマン気質を残したまま、運動神経をぐっと引き上げてシャッキリさせた進化形と言っていい。
このクルマが向いている人
環境規制が厳しくなって以来、現行ポルシェのエンジンはターボ化が進み、騒音規制への対応で音の自由度も狭まっている。最新モデルには最新の良さがあるのは間違いないが、自然吸気エンジンの生々しい鼓動を味わいたいなら、規制前のNAに分があるのも事実だ。
987スパイダーのMA1エンジンは、その「いい時代」の自然吸気フラット6である。新車で買えなくなって久しいいま、状態の良い個体を手元に置く価値は、年を追うごとに上がっていくはずだ。
マニュアル、オープン、ミッドシップ、自然吸気フラット6。この組み合わせを揃えた現代ポルシェは、もう新車では選べない。987ボクスタースパイダーは、ポルシェ乗りの方々にとって極めて魅力的な選択肢として、これからも残り続けると思う。

速さよりも操る楽しさを取りたい人、マニュアルとオープンと自然吸気を諦めきれない人、981や718を経験したうえでもう一段ピュアな手応えを求めている人。そういうドライバーには、最良の選択肢のひとつになるだろう。逆に、最新の安全装備やデジタルインターフェース、長距離の絶対的な快適性をフルに求める人には向かない。地図を片手にナビを賄うくらいの割り切りができるなら、このクルマの価値はずっと長く輝き続ける。
納車後はぜひツーリングにも連れ出して、長距離の表情も改めて綴りたいと思っている。
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コメント ( 1 )
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いつも楽しく拝読しています。
同車はポルシェ仲間の一人が乗っておられ、近場のツーリングには同車で参加されます。
これに乗るももう他のクルマには乗る気がしないと言われています。
その方も太ってないので軽量スポーツを楽しんでいるのでしょう。
幌と窓の隙間から水が入るので雨の日は乗れないと言っていました。
なので天候不順や長距離の日は別の車体で来られますね。
私は991から買い換えた964C2MTを乗り回していて、もう水冷には戻れません(笑)