ポルシェ「Mission S」は水平対向8気筒か? F1唯一の優勝をもたらしたフラット8の歴史をたどる

ポルシェ 910/8 ベルクスパイダー
ポルシェにまつわる豆知識

Mission Sのティザーに映った「カレラGT風」メーター

ポルシェのクレスト(エンブレム)

ポルシェのクレスト。photo by Porsche Newsroom

ポルシェが、新しいフラッグシップの姿を少しずつ見せ始めた。

10月7日、ポルシェはヴァイザッハで開いた投資家向け説明会(Capital Markets Day)で、911の上に位置するミッドシップのスーパースポーツカー用プラットフォームを開発していると発表した。ミッドシップとは、エンジンを運転席の後ろ、前輪と後輪のあいだに置くレイアウトのことだ。その姿を予告するコンセプトが「Mission S」で、10月15日にニューヨークで公開される予定となっている。

続いて10月9日、ポルシェ公式のInstagramとXにティザー映像が投稿された。主役はメーターである。中央にタコメーター(エンジン回転計)、その左にスピードメーターが並び、走行モードはNormal、Sport、Trackの3つ。海外メディアはこの配置を、ポルシェのスーパーカー「カレラGT」を思わせると伝えている。ただし、カレラGT風というのはメディアの見立てであり、ポルシェ自身がそう説明したわけではない。

目盛りにも注目が集まった。米CarBuzzによれば、タコメーターは8,000rpmまで刻まれ、Normalではレッドライン(回転の上限を示す赤い帯)が8,000rpmより手前に置かれ、SportとTrackでは8,000rpmまで使えるように見えるという。一方で、映像にエンジン音は入っていない。何が積まれるのかは、音すら明かされていないのだ。

水平対向8気筒はあくまで「噂」

エンジンについては、ひとつの噂が先行している。

発端は9月、ドイツの経済紙Handelsblattの報道である。社内でS1と呼ばれるフラッグシップは、ツインターボの水平対向8気筒を積むというのだ。水平対向とは、シリンダーを左右に寝かせて向かい合わせに並べた形式で、ピストンが互いに打ち合うように動くことから「ボクサー」とも呼ばれる。911の6気筒と同じ並べ方を、8気筒に広げたものと考えると分かりやすいだろう。

ただし、別の見方もある。米国の業界紙Automotive Newsは、レイターズCEOがV8を好んでおり、ランボルギーニ・テメラリオのV8が候補になっていると報じた。排気量や出力の数字も出回っているが、いずれも推測の域を出ない。ポルシェはエンジン形式も気筒数も出力も、何ひとつ公表していない。

どちらの説が当たるにせよ、もしフラット8が実現すれば、市販のロードカーとしては初の水平対向8気筒になると海外メディアは指摘している。では、ポルシェはこれまで水平対向8気筒を作ったことがあるのか。答えはイエスである。ただし、その舞台はすべてレースだった。

ポルシェが作った水平対向8気筒 753・771・908

1962年フランスGPを走るポルシェ804

1962年フランスGP(ルーアン)を走るポルシェ804。photo by Porsche Newsroom

最初の8気筒ボクサーは、F1のために生まれた。

1960年、ポルシェは当時のF1が定めた1.5リッター規定に合わせ、空冷の水平対向8気筒「Type 753」の開発に着手した。設計を担ったのはハンス・ヘーニックとハンス・メツガーだ。このエンジンを積んだのが、ポルシェが完全に自社で開発した唯一のF1マシン「804」である。1962年7月8日、フランスGP(ルーアン)でダン・ガーニーが優勝。これがポルシェにとって唯一のF1世界選手権での勝利となった。ポルシェはその年の末にF1から撤退している。

753と並行して、スポーツカー用の「Type 771」も開発された。シリンダーの内径を広げて約2.0リッターとしたもので、1960年代のポルシェのレーシングスポーツカーに幅広く使われた。代表格が「910/8ベルクスパイダー」だ。ベルクはドイツ語で山を意味し、山道を1台ずつ駆け上がってタイムを競うヒルクライムのためのマシンである。1967年にはゲルハルト・ミッターがこのマシンで欧州ヒルクライム選手権を制し、その1台はいまもポルシェミュージアムに収蔵されている。

3つ目の「908」は、出自が少し違う。771を発展させたのではなく、911系のレース用6気筒に2気筒を足して8気筒にした3.0リッターエンジンなのだ。1968年にデビューし、翌1969年には908を中心とする布陣で、ポルシェ初の国際マニュファクチャラーズ選手権(メーカー単位で争う耐久レースのタイトル)を獲得した。F1、ヒルクライム、耐久レース。ポルシェのフラット8は、それぞれの舞台で結果を残してから、水平対向12気筒の917へと役目を譲ったのである。

カレラGTのV10と、フラット8という選択

ポルシェ カレラGT | 車, スタジオ撮影, PORSCHE, Carrera GT, 980

ポルシェ カレラGT。photo by Porsche Newsroom

ここで、メーターの元ネタとされるカレラGTのエンジンにも触れておきたい。

カレラGTが積んでいたのは、水平対向ではなくV10だった。もとをたどると、幻に終わったル・マン用プロトタイプ「LMP2000」のエンジンで、さらにその源流は3.5リッターのF1用V10にある。これを5.7リッターまで拡大したのがカレラGTのV10だ。ポルシェの頂点に立つクルマが、必ずしも水平対向を選んできたわけではないと言える。

では、なぜ今回フラット8の噂が出るのか。ポルシェはこの点を何も説明していないので、ここでは一般的な特徴にとどめる。水平対向はシリンダーを寝かせるぶん、重心と全高を低くできる一方、エンジンの横幅が大きくなる。元VWグループのパワートレイン責任者は、5.0リッター級のフラット8は911には大きすぎると述べたと報じられている。後輪の前にエンジンを置くミッドシップなら、その横幅を受け止めやすいという見方だ。

8,000rpmまで刻まれたタコメーターに、もし水平対向8気筒が組み合わされるなら、F1とヒルクライムと耐久レースで勝ってきたフラット8の系譜が、60年以上の時を経て、初めてロードカーに載ることになる。もちろん、現時点では噂にすぎない。それでも私は、ボクサーエンジンを磨き続けてきたポルシェらしい答えが10月15日に示されることを、少しだけ期待している。

Hiro

Minaの夫です。 ファッションやステータスシンボルのためにクルマは乗りません。 運転して楽しく、工業製品として優れ、作り手の意思が感じられるようなクルマを...

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