Euro 7でポルシェ 911 GT3のNAエンジンが消える—EUは自らのクルマ文化を壊しているのか

992.2 GT3ツーリングのメーター
ポルシェ・911

Euro 7とは何か—排出ガス規制の歴史と現在地

欧州の排出ガス規制が、いよいよ新たな段階に入る。

EUにおける排出ガス規制の歴史は1992年のEuro 1に始まる。触媒コンバーターの義務化からスタートし、Euro 2(1997年)、Euro 3(2001年)と段階的に厳格化されてきた。Euro 5(2011年)でディーゼル車へのDPF(粒子フィルター)が標準装備となり、Euro 6(2014年)ではNOxの大幅削減が求められ、SCRやAdBlueといった後処理システムが一般化した。そして2024年5月に正式公布されたのが、Euro 7(EU規則2024/1257)である。

Euro 7の適用は2026年11月から新型車の型式認証に、2027年11月からはすべての新車登録に義務化される。当初は2025年半ばの施行が予定されていたが、約1年半の延期となった。それでも、メーカーにとっての猶予はそう長くない。

Euro 7の特徴は、排気ガスだけにとどまらない点にある。ブレーキダストやタイヤの摩耗粒子といった非排気系の汚染物質が、史上初めて規制対象に加えられた。タイヤの摩耗基準はC1タイヤで2028年7月から適用される。排出システムの耐久性要件は10年または20万kmと、Euro 6の2倍だ。テスト条件もマイナス10℃から45℃まで拡大された。あらゆる環境下で、あらゆる距離を走っても、規制値をクリアし続けなければならないのである。

GT3のNAエンジンが消える日

ポルシェのGTカー開発責任者、アンドレアス・プロイニンガーの言葉は衝撃的だった。

英国Autocar誌のインタビューで、プロイニンガーはこう語っている。「Euro 7を電動化やターボなしでクリアできるとは思えない」と。GT3の心臓部である4.0リッター自然吸気フラットシックスは、現行のEuro 6をクリアするだけでも、NOx排出量を3分の1に、粒子状物質を40%削減する必要があったという。Euro 7の下では、NAエンジンでGT3に求められるパフォーマンスを維持することは、もはや不可能に近い。

選択肢はターボ化かハイブリッド化のいずれかになる。しかし、プロイニンガーが指摘するように、現在のポルシェのハイブリッドシステムはGTカーには重すぎる。GTカーにとって直線はコーナーとコーナーをつなぐ区間にすぎず、重量増は走りの本質を損なう。となると、現実的な解はターボ化ということになるだろう。992.2のカレラGTSがT-Hybridを採用したように、GT3もまた何らかの電動化を余儀なくされるのかもしれない。

私は718スパイダーRSに乗っている。あのGT3エンジンの4.0リッターNAが9000回転まで一気に駆け上がる感覚は、他のどんなパワートレインにも代えがたいものだ。あのエンジンが規制によって作れなくなるという現実を、正直まだ受け入れきれていない部分がある。

騒音規制という見えない壁—68dBの世界

排出ガスだけではない。騒音規制もまた、スポーツカーの存在意義を脅かしている。

EU規則540/2014は、自動車の騒音規制を3段階で引き下げるものだ。かつて74dB(A)だった上限は、フェーズ1(2016年)、フェーズ2(2022年)を経て、フェーズ3では68dB(A)まで引き下げられる。このフェーズ3は新型車には2024年7月から、すべての新車には2026年7月から適用されている。74dBから68dBへの変化は、数字で見ればわずか6dBだが、デシベルは対数スケールのため、体感的にはおよそ4分の1の音量削減に相当する。

しかも、Euro 7ではタイヤの摩耗粒子に加えて、タイヤノイズも規制の視野に入っている。時速30〜50km/hを超えると、クルマの外部騒音の主要因はエンジン音からタイヤノイズに移行する。つまり、エンジンをいくら静かにしても、タイヤが音を出す限り規制はクリアできないという構造的な問題が生じるのだ。

この結果、何が起きているか。992.2のGTSでは、992.1まで使われていた機械式のサウンドシンポーザー(エンジン音を膜振動で室内に伝えるチューブ状の装置)が廃止され、代わりにスピーカーから電子的に生成された音が流れるようになった。ポルシェですらこうなのだ。AMGやBMWアルピナも同様に、車内スピーカーでエンジンサウンドを演出している。スポーツカーが「本物の音」を室内に届けられなくなっている。これは冗談ではなく、現実である。

991.2 GT3RS

EUは自らの武器を捨てようとしている

欧州には、世界に誇るべきスポーツカー文化がある。

ドイツのポルシェやAMG、イタリアのフェラーリやランボルギーニ、イギリスのアストンマーティンやマクラーレン。V6、V8、V12と、それぞれが官能的なエンジンを生み出し、世界中のクルマ好きを魅了してきた。環境対策が重要であることに異論はない。大量生産される大衆車に対して厳しい規制をかけることは理にかなっている。しかし、年間数千台しか生産されないスポーツカーに、大衆車と同じ基準を一律に適用することに、本当に意味があるのだろうか。

しかもEUは、エンジン車を規制でEVへ追いやりながら、EV市場では中国メーカーの技術力とコスト競争力にまったく太刀打ちできていない。自ら得意分野を封じておいて、不得意な土俵で戦わざるを得ない状況を作り出している。これは産業政策として合理的とは言い難い。

私は何年にもわたって、さまざまなポルシェに乗り継いできたし、このブログで多くの試乗をしてきた。その過程で感じるのは、モデルが新しくなるほどパワーは上がるが、エンジンの官能性やエモーショナルさは確実に薄れているということだ。ギアは多段化し、燃費を稼ぐためのギア比が増え、ノーマルモードではできるだけ回転を上げないよう制御される。アクセルレスポンスも意図的に緩やかにされている。すべてが規制に合わせるための制御であり、ドライバーの感覚とは乖離していく一方なのだ。

わが家の964ティプトロニックに乗ると、その違いが際立つ。1992年式の4速オートマは、今の基準で見れば原始的かもしれない。しかし1速から2速へ、そして3速へと、エンジン回転の伸びやかさに合わせて加速していく感覚は、実に自然で気持ちがいい。回転を抑え込む制御もなく、エンジンが素直に回り、その回転で前に進む。街中でもエンジンの鼓動を味わえるその感覚は、皮肉にもEVのダイレクトな加速感に通じるものがあると、常々思う。今のクルマは、スポーツモードにしてようやく「ちょうどいい」と感じるほどに制御されすぎている。

エンジンを楽しむか、性能を楽しむか

Euro 7の施行が迫る今、考えるべきことがある。

現行の911 GT3、718スパイダーRS、718ケイマンGT4 RS。これらに搭載される4.0リッター自然吸気フラットシックスは、Euro 7の下ではおそらく存続できない。次世代のGTモデルはターボ化かハイブリッド化を避けられず、NAエンジン特有の高回転まで一切の淀みなく回りきる官能性は、過去のものになるだろう。つまり、今この瞬間が「最後のNA GT3エンジン」を手にできる時代なのだ。

多くの方が新型718や新型911に期待を寄せているのは知っている。エンジン車で出るなら欲しい、と思っている方も多いだろう。だが率直に言えば、本当にNAエンジンの歓びを味わいたいのであれば、新型車を待つよりも現行や過去のモデルから探すことを勧めたい。空冷ポルシェ、996〜991前期、986〜981、GT3、GT3ツーリング、スパイダーRS、GT4 RS。これらのクルマが持つエンジンの魅力は、今後二度と新車では味わえなくなる可能性が高い。

一方で、最新のテクノロジーで快適かつ速いクルマに乗りたいという方には、迷わず新型車を勧める。992.2のGTSはT-Hybridで強力なパフォーマンスを実現しているし、タイカンターボGTに至っては、峠でGT3すら凌ぐ俊敏性を見せる。新しいクルマは間違いなく速く、快適で、洗練されている。ただ、エンジンそのものを楽しむクルマとは、もう別の乗り物になりつつある。

エンジンの歓びを求めるのか、クルマとしての性能を求めるのか。Euro 7時代のポルシェ選びは、この問いに対する自分なりの答えを持つことから始まるのではないだろうか。

Hiro

Minaの夫です。 ファッションやステータスシンボルのためにクルマは乗りません。 運転して楽しく、工業製品として優れ、作り手の意思が感じられるようなクルマを...

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