1969年のル・マン24時間レースのジャッキー・イクスの勇気ある行動。

岡山国際サーキットのポルシェ・カレラカップ
ポルシェ関連ニュース
カレラカップ。

以前、岡山国際サーキットに、ポルシェ・カレラカップを見に行った。(これだけ、911が並んでいると圧巻だった。正確にはカレラカップか。)

運良くポルシェ関係者のラウンジに入らせてもらうことができたのだが、そこに、時計メーカーの”ショパール”のパンフレットが置かれてあった。ショパールは、2014年からオフィシャル・タイミング・パートナーとしてポルシェと契約していて、「ポルシェ・カレラカップ・ジャパン2017」をサポートしているとのことだった。

私はブランド物とかに疎いので、そのときに初めてショパールの存在を知り、パンフレットを何気なく見ていたのだが、そこに書かれていたあるエピソードにとても感動したのだ。

ル・マン:伝説のドライバー

1969年、他のレーサーたちが競って車に駆け寄り、シートベルトを締めることもせず、大怪我の危険に身をさらすなかで、伝説的レーサー、ジャッキー・イクスは高スピードでレースを開始することの危険を告発し、レーシングカーまでゆっくり歩いていくという行動を取ります。しかしながら、結局勝利を手にしたのは彼だったのです。以来、「ル・マン式スタート」が二度と繰り返されることはありませんでした。それから15年を経たF1モナコグランプリの際、イクスは再度、安全運転の心得を呼び覚まします。グランプリのディレクターだった彼は、豪雨に見舞われたため「レッドフラッグ」を振り、レース中止の決断を下しますが、このことが自らを解雇に追い込むことになってしまいました…。ジャッキー・イクスは、時間より貴重なものがあるとすれば、それは命にほかならないことを確信していたのです。

*ショパール公式サイト ル・マン:伝説のドライバーより引用

ジャッキー・イクス、先人たちの行動。

私は、ル・マンとか、サーキットレースのことはよく分かっていないけれど、最近はあまり事故死のニュースは聞かないような気がしていた。もちろん危険と隣り合わせのスポーツであることは確かだが、アイルトン・セナが亡くなった頃と比べると、車の性能もあがり、運営サイドの配慮も高まったんだろうなと思っていた。

確かにそうなのだが、こうして今のF1やサーキットレースがあるのは、単に「車の性能があがった」「運営サイドの努力」ということではなく、ショパールのエピソードにも掲載されていたような、ジャッキー・イクスの勇気ある行動や、レースに命をかけた先人たちの存在があったからだと知って胸が熱くなった。

と思うと、パナメーラが素晴らしい車なのは、「技術や性能が素晴らしいから」で片付けられるような簡単なものじゃないんだろうな。

その技術や性能の裏には、多くの人の勇気ある行動や、提言や、それこそ命を削って関わってきた人たちの想いがある。そういうことを知ってパナメーラに乗るのと、知らずに乗るのとでは、雲泥の差があると思う。

だから、あーやっぱりもう一回、ポルシェミュージアムに行きたい!

と切望する今日このごろである。

 

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